人は話を聞いてもらいた動物

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人は誰でも、自分の話を聞いてもらいたいものです。

子どもから高齢者まで、年齢に関係なく、人はそんなふうにできています。

子どももそうですよね。

「ねえ、きいて、きいて、わたしね、あのねえ」

いっしょうけんめい話しかけてきますよね。

「うんうん、そう、それからどうしたの?」

と、聞いてあげると、嬉しそうな顔をして話を続けます。



話の途中でさえぎられたり、上の空で聞かれたら、嬉しくなくなります。

自分自身のことを考えてみると、その気持ちがよくわかるのに、なぜか他人に対しては気づかずにやってしまうことがあります。

しかも、身内の本当は一番大切なはずの人に対してやってしまいがちです。

友人、職場の同僚、仕事の取引先の相手に対してはちゃんと話を聞いているのに、なぜか家族にはぶっきらぼうだったり、聞くのを面倒くさがったり。

話をちゃんと聞くと心を開いてくれる

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私が消防士時代には、よく一人住まいの高齢者のお宅を訪問して、防火診断というものをやっていました。

「診断なんてしてもらわなくてもいい!」

「年寄り扱いするな!」

と、最初はうるさがれたりすることもよくありました。

そんなときは、「火災予防に注意していただくのが第一で、無理にお邪魔するつもりはないですよ」と強引にならないようにします。

だいたいの場合は、玄関先で世間話をしているうちに、

「まあ、立ち話もなんだし、上がって台所のガステーブルを見てくれ」

という流れになります。

話しているうちに、最初は警戒して重かった口が、しだいに軽やかになり、自分のこともいろいろと話してくださるようになります。

最初はあんなに険悪な表情だった方が、途中からとても柔和な表情になって、帰るときには別れを惜しんでくださることもよくありました。

それほど、自分の話を真剣に聞いてもらえることは、嬉しく感じるものなんだなあ、とつくづく思いました。

大切な人の話こそ耳を傾けよう

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それほど話を「聴く」ということは、相手を認めたり、尊重することにつながるのですが、なぜかこと身近な存在に対してはできなくなりがちです。

夫婦間も、新婚当時は相手の話に、「うんうん」と嬉しそうな表情を浮かべてあいづちを打っていたのに、それが5年、10年、20年と年数を経ていくと、上の空になってしまいます。

会話自体も、「みんな話さなくてもちゃんと分かってくれるだろう」なんて勝手な思い込みで、年々少なくなったりします。

5年経とうと、30年経とうと、大切な存在であるはずなのに、なぜか相手の言葉に真剣に耳を傾けなくなります。

「うちの人、外面はいいんだけど、うちじゃひどいのよぉ」

なんて言葉をよく耳にします。

なぜか一番大切なはずの存在を、粗末にする結果になることが多いようです。

外も内も悪いのに比べれば、まだましかもしれませんが、最も大事なのは「内」であるはずです。

失いかけてみないとその大切にわからない、というのでは遅すぎることになります。

自分は相手の話を聞かないくせに、相手が自分の話に上の空だと怒ってしまう、なんてのはいかがなものかと思います。

聞いてあげると、ちゃんと聞いてもらえます。

年一回の誕生日のサプライズもいいんですが、もっと大事なのは普段のなんでもない会話に耳を傾けてあげることですね。



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