正しさを振りかざした後悔

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職場の人間関係において、あえて自分の正しさを主張しなければならない場面があります。

夫婦や友人関係など、個人的な関係でも、ときに正しさを主張することがあります。

それが元で、ついつい口論になってしまうこともあります。



自分こそが正しいのだ、とついつい声を荒げてしまい、あとになって後悔することだってあります。

自分の意見が、たとえ正論だったにせよ、ことさら正面から突きつけることによって、相手を傷つけたり、悲しませたりすることもあります。

ちっぽけな正論にこだわっていた

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山ほどある正論の中には、それほど価値のないものだってたくさんあります。

目の前で悲しむ大切な人より、価値のある正論だったのかと言うと、取るに足りないほどのちっぽけな正論にこだわっていたことに気づき、後悔の念でいっぱいになることも。

本当に大事なのは、お互いがやさしく相手を思い合えること。

お互いが気持ちよく暮らすこと。

何度も何度も、同じあやまちを犯して、ようやくそんなことに気づきます。

気づかないうちに自分を追い立てていた

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そんなふうに正論を、自分自身に突きつけていることを、気付かずにいることがよくあります。

自分は、もっと頑張らねばならないのに

弱音なんて吐いている場合じゃないのに

そんなふうに、休みなく自分を追い立てていることがあります。

「こうあるべきなのに」

「あの人のように、どうして自分はできないんだ」

そんなふうに気づかないうちに自分自身を責め、苦しめていることがあります。


他人のあやまちだって認めてあげることが大事なように、自分自身に対してもそうしてあげる必要があります。

自分自身の弱さや間違いも、ちゃんと認めてあげることが、強くなるためには必要です。

そして、比較から生まれた正しさや、概念的な正しさより、もっと大切なものに気付けるようにいたいですね。