なぜかいつも寂しさを感じている

いつも心が寂しい画像1

いつも寂しさを感じているという人は多いようです。

私のまわりにもたくさんいます。

次から次に新しい趣味を作り、游ぶのが忙しくて休日はほとんど出ずっぱり、なんて友人もいます。

奥さんも子どももいるのに、休日に外に出る予定がないと何をしていいか分からない、なんて言っていました。



私もやっているSNSですが、毎日どこに行くにもスマホを手放さず、四六時中写メを撮ってはアップしたり、友達の投稿にコメントを付けることで一日を終える友人がいます。

習慣になっていて気づかないだけで、いつも誰かと一緒にいたり、誰かとつながっていないと寂しくて不安なのかもしれません。



趣味で出かけることにも、SNSに夢中になることにも、そのこと自体には何も問題はありません。

ただ、寂しさを埋めようとして、必死になってムリをしている人がいます。

一人でいることは悪いことなのか?

いつも心が寂しい画像2

一日スマホのディスプレイとにらめっこをしたり、毎日友人とお出かけしたりしているのに、それでも寂しい。

心は疲れるばかりで、寂しさはまるで消えてくれない。

そんな気持ち、私にもわかります。

なぜなら、私も寂しさと無縁ではないし、誰もがいくらかの寂しさを抱えているからです。



そもそも、誰かとずっと一緒にいることがいいことなのか?
一人でいることは悪いことなのか?

と考えてみると、誰かと一緒じゃないといけないと、どこかで思い込んでいる節があります。

友達がたくさんいることがいいことだ、と思い込んでいるのかもしれません。

一緒にいたいと思ってもらうこと、たくさんの人から親しくされることが、まるで自分の評価のように感じている面もあるのかもしれません。

価値観と性格は人それぞれ

いつも心が寂しい画像3

友達の人数が多いことがステータスになったり、大勢集まってイベントごとに明け暮れるのがスゴイことなのでしょうか?

価値観はそれぞれの人のものなので、そんな他人の価値観に引っ張られる必要なんてないと思います。

人それぞれ性格も違います。

賑やかい場が好きな人もいれば、苦手な人もいます。

人との関わりの度合いに対する価値観も、人それぞれだと思います。

人数は少なくても、心から信頼できる親友がいてくれるほうが素晴らしい、と考える人もいます。

特定の一人にべったりと依存し過ぎて、常に自分を認めてもらっていないと満足できない人もいます。

私のことを言えば、20代を過ぎ、中年への道を進むうちに、心地よい他人との距離感が変わってきました。

30代を過ぎたあたりから、少し寂しいくらいのほうが心地よいと感じるようになりました。

寂しくなければ見えない世界

いつも心が寂しい画像4

そんな私も、10代の頃は、友達と一緒にいない時間が苦痛なくらい寂しさを感じていました。

その寂しさから、本を読むようになり、音楽を聴くようになりました。

一人になった寂しさがなかったら、今でも心に幸せを与えてくれるあの世界を、心から味わうことはなかったかもしれません。

この世には、寂しさがないと分からなかったり、見えなかったりする世界が、確実にあります。


誰かと一緒にいることや、「いいね」を押すことに疲れたら、スマホケースを閉じて、一人で出かけてみたり、読みかけて忘れていた本を読んだり、音楽プレイヤーのプレイボタンを押してみましょう。

今まで気づかなかった風景の中に、季節の移ろいの美しさを見出すかもしれません。

歌詞の一節や、楽器のフレーズが心の奥深くまで響くかもしれません。

小説の何気ない描写の奥深さに大きな感動を覚えるかもしれません。

そんなとき、「寂しさ」は忌み嫌うべき存在ではなく、あなたに寄り添ってくれる優しい存在に変わってくれます。

そんなふうに思えるようになると、大きな欠落のように感じていた「寂しさ」のサイズが、ずいぶん小さく感じられるようになっているはずです。



7日間無料メール講座
「幸せのための心の応急手当」
    ↓
登録はこちら