人に認められることに一生懸命

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人に認められようと、自分のことをそっちのけで一生懸命になることはありませんか?

人に必要とされることは、充実感を感じたり、生き甲斐につながったりします。

それなのに、なぜだか心が寂しかったり、苦しかったりすることがあります。

嫌われるのが怖くて、相手の要求を果たそうと無理をしていませんか?

自損行為現場の教え

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相手に認めてもらえなかったことで、自己嫌悪に陥り、自分を責める人もいます。

自損行為の救急現場で、私が見てきた人達には、おそらくそんな人が多かったと思います。

一生懸命に誰かの期待に応えようと、身を削るようにしてがんばり続けたのかもしれません。

どんなにがんばっても、報われなかったのかもしれません。

睡眠薬の過剰摂取や、リストカットや、方法はさまざまでしたが、みんな心がボロボロになっていたんだと思います。

苦しみ、嘆く姿を見ながら思いました。

人は誰かに認められるために生きているんじゃない

人に認められて、感謝されることでしか、自分の存在価値を感じられなくなると、中毒のように人に尽くすだけの人生になりはしないでしょうか。

自分の欲求や思いを封じ込めるばかりだと、どんどん自分の心が削られていきます。

自分の時間をどんなに費やして尽くしても、認めてくれない人もいます。

人に認めてもらおうとするだけの人生は、身も心も疲れ果ててしまう生き方です。

自分の存在をじっくりと認める

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人は一人では生きていけないので、他人の感情や言葉に無関心ではいられません。

人とつながることで、感じられる幸せは大きいと思います。

しかし、自分で自分を認められなければ、本当に人と心からつながったり、幸せを感じられたりはできません。

多くの人が、人に認められることを第一に考えることが習慣にまでなっています。

いきなり自分のことを認めることを第一に切り替えることはできないかもしれません。

少しずつ、自分の意思を尊重して、自分の存在をじっくりと認めてあげる練習をしていきましょう。

「私の存在には大きな意味がある」

と自分に言ってあげましょう。